
スト;「ストライキ」の略。= 同盟罷業。同盟休校。労働者が要求貫徹のために取る方法。日本では明治20年代の初め頃から行われ始めたそうである。☞ strike(英) grève(仏)
<建前>
フランスでは10月それから11月に、国鉄と地下鉄、バスの職員がストライキを決行した。理由はサルコジ新大統領体制による鉄道関係労働者の就業年数と退職金配布年の改革案(大まかな点は就業年期37年満期を40年満期に引き伸ばすこと)に対しての反対運動であるらしい。
10月は2日ほどだらだら続いた前哨戦で、言わば政府に対して、「もし法案を引き下げなければまたやりますよ」といった警告的な意味合いを多く含むものであった。しかし新政府は再度法案の必然性を説き法案の撤回を拒んだ故、11月14日水曜日から再び突入した。ほとんどの組合が法案の撤回がない限り永久に続けるとかなり強硬なのに対して政府も今回の改革案を引っ込める心算もないと強気な姿勢であった。翌日の木曜日も、そして金曜日も土曜日も続き、日曜日は皆休みだからどうなっていたか分からないが、ついにストライキは第二週目に突入した。組合が強硬な姿勢を示すのは、長い年月を経て勝ち取った権利の剥奪に対する危機感を感じるのは当然として、政府がここまで強硬に撤回を拒むのは、何らかの改革は必然と言う世論の支持を確信しているからと、民間の怒りがストライキを行っている組合にのみ向けられている事を認識いるからであった。
月曜日には、便は普及されつつあると言う報道が嘘のように、依然としてすべてがブロックした形であったし、火曜日にはストライキ参加人員は20〜10%と次第に減りつつあると報道されても、確かに1時間に電車が数本は動いてもプラットホームから溢れ出しそうな位の人だかりでとても普通の人間には他人を蹴落としても乗車する勇気はない。結局確実な運行は得られていない状態であった。この日は、教師公務員がまた別な理由(物価上昇に給与の上昇が追いついていっていない現状)でストライキを行使した。
この数日間、公共交通手段を利用するのは不可能な近郊に住む人々は、自分たちの車を通勤手段とするが、パリに通ずる高速道路、公道はほぼ毎日何百kmという渋滞に陥り、バイク・スクーターの事故は多発し、整備点検を怠った乗用車の故障が渋滞をさらに悪化させていた。普段30分程度の通勤時間が、3時間、4時間と言う人もざらであった。何もかもが麻痺した状態であった。
これら一連のストライキに対して初めて新大統領が公の場で発言を行い、再度、改革の必然性を説き一歩も譲る気配を示さなかった。予定されていた第2週目の水曜日(漸く政府は組合との会合の場を設けた)、各組合と政府の会合がどういう形であったか詳細は明らかではないが、結局は政府に法案の再検討を促すのみに終わった組合側の負け戦になった。不服な一部の組合員の引き伸ばしにより結局地下鉄の便の普及は土曜の朝を待つまで平常に戻ることはなかった。
今回、組合側の敗因の一つは世論(鉄道職委員関係以外)の支持を得られなかったことが最大の敗因だが、多くの国に共通して言える高齢化社会において頭を抱える問題の一つ「年金制度の改革」を必然と考える事が彼らにとっても当然化しているからだった。ただ矛先がまず第一に彼らに向けられたことが、腹立たしいことであったかもしれない。しかし、この改革案は他人事では済まされない点を彼らは民間に提示した。少なくともどういう形にしろこの法案は通る、そして次は一般市民を対象とした年金制度改革が行われることを提示したのだった。具体的には、現行40年満期が42年或いはそれ以上の年期に増えるという噂がすでに出回っている。これは何を意味するかと言うと、政治・経済に疎い私にも想像がつくのは高齢少子化社会における年金制度は将来崩壊せざるを得ない状況に立たされていることを思案させられるないだろうか。
<本音>
ストと言えば様々な追憶があるなかで、懐かしく思い出し、古いものをたどると、例えば
「スト権スト」
終戦後労働組合法によって、労働権として認められたにもかかわらず、40年前当時、公立教師にはストライキを行使する権利はないから,その権利を得るためのストライキだったそうである。権利がないから法的には違法である。だから罰せられる危険があったのだろうし、実際職場を追われた人たちもいただろうと思う、ただ身の回りの教師に限ればその例を知らない。
ストライキ実行中みたいな腕章をつけて実際は仕事をしている教師を見たことはある。校長も教頭も父兄も教育委員会も誰も困らないスト。誰も困らないと誰もが関心を示さない。政府も、ただ苦笑いして傍観しているだけだったかもしれない。唯、少年少女ばかりが腕章を見て 「先生、今日はどうかしたの?誰か死んだの。」 と関心を示していた。教師は 「違うの。これはストライキ実行中という意味なのよ。」 と言う。 「ストライキって何?」 とその中の一人の少年は質問する。 「ストライキと言うのは仕事はしません、と言う意味よ。だから先生たち皆付けているでしょ。」 と少年少女に説明する。 「じゃあ、先生今日は仕事してないの。」 「ええ今日は学校には来ているけど、仕事はしてないの。」 なんだそうか、先生今日は仕事しないんだ、それならオレ達校庭で野球しようぜと少年の一人は皆を扇動して教室を出かけると、 「ちょっと!ヨコタ君たちどこ行くの?」 「えっ、?だって…」 「おはなしは、お仕舞。みんなちゃんと席に座って、さあ教科書を開いてください。」
少年少女たちは狐につままれたような感覚を持った。何故なら仕事をしないと言っているくせに、1時間目からいつも通りに教えている。給食も皆と一緒に食べている。普段学校に来て仕事している時と何も違いはない。
「春闘」
まだ日本に国鉄があった時代で、国鉄も私鉄も同時に労働賃金値上げに燃えてストを決行した。電車通学する生徒も多くいた私の高校では学校が閉鎖になった。私は通常自転車で通学していたが、通学の交通手段として「バス」と記入して学校の閉鎖に一役買った。欠席の多い生徒だった私もこのときは大手を振るって休めるので喜んだ。喜んで、池袋にあった「文芸座」や「日勝地下」の映画館に、朝に入り、映画館の売店でサンドイッチを買い昼食を済ませ、夕方に退場すると言うような、映画館通いを謳歌した。
どの思い出をたどっても、自分がストで迷惑した記憶がない。
しかし、今更この歳で言うのも恥ずかしいが、ストライキのときの通勤がこんなに大変なものとは今の今まで知らなかった。
早朝5時40分に家の門をくぐる。霜で覆われている車のモーターを回し、20分暖める。田舎の家を出発。20kmくらい車を走らせると渋滞が始まる。100m動くか動かぬかするとろから次第に動く距離が縮まる。
ああ、何が困るかと言うと、渋滞で車が停滞しているとき、前の車のテールランプ赤のブレーキランプが点滅したりするのを見ていると懐中時計の振り子で催眠術を受けたように睡魔が襲ってくることだった。眠いけど寝られない、寝ちゃいけないけど眠い、でもどうせ動かないのだからちょっと寝てしまおうと一瞬目を閉じると後ろの車がライトをチカチカサせて発進を促す。たかが車一台分も開けていないのに、皆がいらいらしている。
スクーターが渋滞の合間をスラロームして走行する。いらいらした車と接触する。双方が口論を始める。渋滞が悪化する。皆がクラクションを鳴らす。騒々しい。
故障車が多い。ボンネットを開けてラジアターを冷やしている、冷却水を入れ忘れたのだろう。車を押している。エンジンが止まってしまったようだ、バッテリーが消耗してしまっているのを知らなかったのだろうか。渋滞がさらに悪化する。ああもうだめだ、目を開けていられない、どうせ動きやしないのだから10秒だけ目をつぶろう。後続車がサーチライトを点滅させる。何があったのかと驚いて目を開けると、前に少し空間が出来たところに左の車線から車が入り込もうとしているだけだった。いいじゃないか入れてやれば、1台2台入ろうが着く時間にそう変わりはないのだから。
本当に急用があるのかどうか、パトカーがサイレンを鳴らし始めて走行する。避けなければならないから、皆が無い空間をあえて探して右に寄ったり左に寄ったり、そのパトカー1台を通すために四苦八苦する。渋滞はますます悪化する。
普段なら15分、混んでいても30分の道のりを、漸く1時間半後パリ環状高速道路に通じる高速道路第1号に合流する。3車線ある道は途中からの合流を許さないかのような長蛇で、入り込む隙間も無い。それでも無理に割り込んで、そして渋滞で停滞。ああ、ここからパリ環状高速道路までは本来2分〜10分のはずが、45分。眠い。
パリ環状からオトイュ門まで30分。そこに娘の学校があるから娘を降ろして、適当なところに車を駐車し、トランクから折りたたみ自転車を取り出し、私は職場のあるボージュ広場へと向かうのだった。45分。まったくこの数日間、職場に着くまでに一日のエネルギーを費やしてしまうほどだった。
そして職場に着くと、出勤しているのは、このストの間、私一人であった。
新大統領サルコジのスローガンの一つ「多く働こう、そして沢山稼ごう。」と私の職場でも共感するものも多いらしいが、まだ意識のみで行動が伴っていないようだった。
フランスどうする! 本当に大丈夫か?
- 2007/12/01(土) 05:51:42|
- 散文
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旅の恥はかき捨てと良く言いますが、このブログに書いてきた文章も同じようなものでした。
幸い、出版物とは違い「これはちょっと恥ずかしいな。」と思ったら
削除 とかしてしまえば、もう証拠も残らないわけで、その点は便利です。もう読んでしまった人に「お前あんな事書いていたな。」と指摘されても、知らないよと済ましてもいられます。
それでも恥を露出する恥ずかしさが少し心の中に芽生えまして、忙しかったことも事実ですが、暫く文章とは御無沙汰いたしておった訳です。
そして、今日7ヶ月ぶりにここに戻ってきてみると、まだ、何をどう迷ったかちょっとした数の人たちが読みに来てくれている(か或いはただ通り過ぎて行っただけかもしれないけど)。 これじゃいけない、せっかく開いたブログなんだから、とりあえず、以前書いた文章は、こんな事も遣っていたよと、申し訳程度に少し残し、大部分を削除して、今度こそまともな事を書いて再開することにしたわけです。 だからどうと言う事もないですがね。
- 2007/11/15(木) 07:03:59|
- 散文
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ここ数日、気がつくともうかなりの日数、鬱陶しい雨や風が吹き荒れる肌寒い天気が続いて、折角咲いた藤の花はその御蔭ですっかり散ってしまうし、もう必要のないと思っていたストーブを、朝晩は、また付けるような具合で、五月もお終いに近いのに今年は何だか妙だ。
晴れたら、湿気のなくなったら仕様と思っていた草刈を、これじゃいつまで待っていてもできそうにないから、ついに小雨の降る昨日今日決行したのはいいけど、ひょろひょろ伸びた雑草の茎や葉に水滴を含んでいて、振る大鎌はいつもの数倍の重さを持って、そして切れ味も悪いからなかなか振り抜けない。 御蔭で、随分体を動かしたものだから、着込んで出た身なりも、もう半袖のTシャツだけで、それでも汗ばむくらいすっかり体は温まった。
先週、何年振りかに会った友人
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/eizoart に 「何だかたくましくなった感じがする。」 とぼくの体格を評してじろじろ眺めるから、少し照れて、 「飲んだくれて寝てばかしいるから、太ったのかも知れない。」 と答えると、 「太ったと言うより筋肉がついたようだよ。」 と褒めてくれた。 若しそうだとすると、歳をとっても鍛錬すれば筋肉はつくのだろうか、ここでの生活の肉体労働がその成果であるのだろうか。
皆がよくするジョギングとかうさぎ跳びとか腹筋運動とか重量挙げとかはしたくないけど、こんなんで効果があるのなら、疲れるけど、お茶の子さいさいだ。

ときおり雨足が激しくなって、とても草刈を続けられないから、林檎の木の下で暫く雨宿りをする。
テーマ:フランスの生活 - ジャンル:海外情報
- 2006/05/26(金) 04:37:48|
- 春
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来た当時は、魚屋で鮪のトロなんかは犬の餌とか言って、二束三文で手に入ったのに、近頃、魚が高くなって、それに田舎に越してきてから、活きのいいのにお目にかかれなくなってしまって、なんか物足りない。
[鯵の燻製]の続きを読むテーマ:異文化コミュニケーション - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2006/01/06(金) 16:52:59|
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(
ヨコタ娘作 体育授業の試験に備えて体操振り付けプログラムの為の下書き。) 久しぶりにつけたテレビに、男優のNさんを見つけたので思い出した。
Nさんが新体操をやっていると言うから驚いた事があった。それは、Nさんがラグビーとか柔道をするのに似合った体格だから、ボールや紐やボーリングのピンを持って踊るのは柄じゃないなと思ったからで、Nさんが股に食い込むレオタード姿で踊るところを想像はしたくなかった。でも、絵のモチーフには出来るかも知れないという考えが頭を過ぎったのも事実で、いつかモデルを頼もうとも思っていた。
だけど、やっぱりNさん、止せばいいのにと思った。精々、シャルウィーダンスの社交ダンスくらいにしておけばいいのにと思った。
でも好きならしょうがないかな、人のやる事に口出しするものではないなと、思慮深いぼくは、何も言わずに放って置いた。
Nさんがうちに遊びに来て、庭で長い棒をぶんぶん振り回しているから何をしているのかと聞くと、
「これが、新体操ですわ。」
と言うから、また驚いた。
ぼくの考えていた新体操とは大分違う。重ねて「男の新体操はそう言うものなのですか。」と尋ねると。
「男も女も、これが新体操です。」と、まるでぼくの疑問を理解しない様子で、これじゃ、ぼくが知っている新体操はまがいものになってしまう。はいそうですか、とは素直に受け入れられない。何か違う。Nさんがどう頑固に言い張ったって、新体操はこういうものではない。
だから、本当は触れたくないし、また触れられたくないだろう、問題に言及せざるを得なくなった。
「レオタードは着ないんですか。」と聞くと、Nさんは何を言っているのか判らないといった風でポカンとした。
Nさんがしているのは、「しんたいどう」と言う武道であった。耳が悪いからよくこう言う聞き違いをする。
テーマ:落書き - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2005/12/09(金) 08:17:11|
- 活劇
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ちょっと本棚で必要な本を探していたら、懐かしいこんな本が出てきた。
小島信夫「アメリカン・スクール」。
渡仏して来た当時、どういう手順か、この本がぼくに回され、印象深い。小島信夫の短編集。その中の一つの話、「アメリカンスクール」の中の主人公は、ぼくのフランス滞在中の今までを代弁してくれている。
きのうも、スーパーで買い物をしていたら、娘の小学生時代の同級生の親に会って、そんなに親しい間柄ではないのだけれど、社交辞令程度に「突然寒くなりましたね」と話し掛けたら、
パリはニューヨークに比べて緯度は北に位置しているにもかかわらず、まだ暖かいのは海流の関係で、…
と始まり緯度経度、メキシコ湾流、そんな単語を並べて小学程度の知識を披露されて足止めを食った。話の内容は分かるけど、緯度とか経度とか暖流とか寒流とかそんな単語、フランス語で出てこない(3年くらい前に娘と一緒に社会科の宿題をやっているときに、覚えたつもりだったのに忘れてしまった)、馬鹿みたいに相槌を打つしかなっかた自分が間抜けで腹が立つ。
気分を変えるために、ここはもうアメリカに頼るしかない。
毎日聞く気はおこらないし、聞いていたら毎日が高校の文化祭みたいに遊び惚けそうで困る。だけど、Bill Haley and the comets、気分は踊る。(右ので試聴できます)
踊れもしないくせに、聞くとつい足がもぞもぞしてきて髪をオイルでなでつけ、ポニーテールの女の子を探して、踊りたくなる。で、
映画は「アメリカングラフィティ」ジョージ・ルーカス。
スターウォーズを作る前はまともな映画を作っていたみたいで、ハリソン・フォードも脇役で出ているのを気が付いたのは、去年テレビで見たとき。
そして、全く関係ないけど、ぼくにはどこかで繋がるような気がする Jacques DUTRONC はもういいおじさんになってしまったけど、あえて共通点を見出すとすれば、きっと、皆、懸命に女の子の気を引く事を考え、そのために頑張っていた、と言う事かもしれない。 念を押して言っとくけど、ある程度健全な。
<j'aime les filles>は試聴できませんでした。
テーマ:本の紹介 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2005/11/29(火) 22:11:57|
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暫く続いた暴動が、寒波の為か少し沈静し、派生する問題が解決しかかったと思ったら、今度はきのう、また国鉄のストで、尚且つそんな日、娘の学校で保護者面談があったので、苦労してパリまで出かけなければならなかった。
といっても、中学以来ぼく自身の人生は教師との気まずい関係で苦い経験しか記憶にないから、苦手な面談は女房に任せ、ぼくたちは、父子水入らずで、薄ら寒い初冬の夕暮れ時の少し早めの夕食に、温かい海老ワンタン麺を食べに、13区の中華人街にある美麗都酒家に入った。
娘の話に耳を傾け、熱く語る学校での問題に頷き、忘れかけていた自分の過去に重ね合わせ、長い間人質に獲られていたような娘を奪回した気分で、久しぶりに二人きりでいられる限られたほんの僅かな時間をとても大切に、海老ワンタン麺の汁を啜りながら、共鳴する過去の悩みと現代の悩みを、心の傷を、互いに癒しあった。



テーマ:食 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2005/11/23(水) 21:26:46|
- 大好物
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闇の中にも、辺り一面ほんのりと白さで覆われている印象を受けた。
さっきまで晴れていたのに、おかしいとは思ったけれども、雪でも降って積もったかと少し喜んで庭に出ると、草が霜に覆われ凍っていて、欠ける前かそれとも欠け始めた後か、満月に近い月の明かりを反射している。これが、闇の世界を青白く形成している原因だった。
いよいよ氷点下の季節に突入して、夜が明けても、随分長い間日陰は霜が融けずに残っていたから、仕事に取り掛かる前の準備として踏む足音のガサゴソするのを楽しみ、仕事の合間に踏み残した場所をガサゴソと歩き回り、もう踏む場所がなくなった頃に、漸く霜が解けだしてきた。
踏まれた草は、この頃ではもう勢いが失せているから、冷凍庫から出した韮草が融けた時ように深緑に変色してしまって、薄汚く横たわったまま立ち直れずにいる。
薄く積もった雪で薄汚れた雪だるまを作った時に感じた事がある、なんだかしなければ良かったと言う後悔が少し残った。
アトリエは僅かな小窓があるばかりで、どんなに晴れても一日中光が差し込んでこない穴蔵のような場所だから一年中寒い。外の寒さと室内の寒さが一致した今、アトリエに引きこもって制作していても損な気がしないから、漸く制作に専念できる。
ただ、寒さの為に幾らでも着込んで、何重にも手袋をはめると、今度は身動きがとり難くなるから、細かな作業の時には脱がなければならなくなり、そうすると、手先や手の甲や関節が凍るように痛むので、庭で焚き火を熾し、それに当たったりするから、作業の能率は非常に悪い。

結局、顔ばかりが火照る焚き火の炎と、か弱い太陽の光を背に受け、僅かばかりの温もりに身を任せ、やるやると言っている作業を行動に移せないで、何を言い訳にしようか考えて、もう午後で陽は西に傾いている。
- 2005/11/18(金) 22:15:57|
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娘が、この休み中に友達と「ゾロの伝説」とか言う子供映画を見に行きたいと言うから、今日土曜日午後、彼女達を乗せて映画館のある四つ向こうの町へ車で送って行って、待つ間、人ごみにいるのが嫌だから、森の湖畔まで車をとばした。
毎日比較的温かいから、油断すると忘れそうだけど、湖畔はすっかり秋の気配が漂っている。ぶらぶら歩いて、日当たりのいい景色のよさそうな適当な場所を見つけると、腰をおろした。そして、未だ二ヶ月で振り返るのは少し早い気がするけど、他に考える事もないので、このブログとこのページの事を振り返ってみた。
二ヶ月が過ぎた、くどいようだけど、あっと言う間に過ぎた。友達に勧められて一年以上もぐずぐずしていて、訳がわからず書き始め、少しでも操作を覚えようと毎日一回はコンピューターの前に座るようにし、勧めてくれた友達に随分迷惑をかけ、詰らない事を公表して恥ずかしい思いをし、読んでくれている人の反応がわからなくて不安な思いをしたりした。
日記は三日坊主で、ノートの仕舞まで書かれた事がないのに、自分で言うのもなんだけど、自分の事で今回は、内容の良し悪しは兎も角も、随分続いてよくもまあ書くことがあるものだと少し感心している。
思えば世の中は、ぼくの呑気な記述とは裏腹に重大な問題を抱えている。余りニュースは見ないのだけど、それでも、久しぶりに付けるテレビのニュースからは、流れてくるのはパリの近郊での暴動やイスラエルとパレスチナの問題やイラン大統領の発言や、現在のイラク問題などである。
そんな中で、繰り返すけど、ぼくの書いている内容がとても対抗できる内容でないことはちゃんと心得ているし、また無責任にもそう言うことを続けている自分に多少の罪悪感も感じるのだけども、ただ、開き直れば、それが藝術の一要因であるとも言えると、言い訳をするのである。
と言う訳で、話を少し変えるけど、昔、喫茶店と言うのがあった。ジュークボックスかなんかあって、ちょっと薄暗くて、飲み物一杯で何時間もいられて、そこで勉強している学生も沢山いた。ぼくは少年だったから姉たちに連れて行かれて、一緒に大人の気分を味わったけど、今はないことはないが、コーヒー一杯がべらぼうな値段で、大人になった今日本に帰っても入れない。
読んでくれている人に、読む態度まで要求はしないが、出来たら、難しいのは分かっているけど、あの誰でも入れた喫茶店にいる雰囲気を味わって呉れたらいいなと、ぼくはそんな事を考えて11月も続けたいと思う。コーヒーを用意しとくと、とても効果的だ。
そしてぼくは、その為には技術的にもっと進歩しなければならないけど。
腕時計を見ると、一時間半が過ぎている。時間が来たので、腰についた泥と木の葉を手で払い除け、車に乗り込み娘達の待つ町の映画館に向かった。
- 2005/10/30(日) 05:27:09|
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実を言うと、ぼくは冬眠をする。
雨が多くなって湿っぽくなり、気温も下がってくると膝の関節が重くなって動きたくなくなるから布団の中に潜っていつまでもじっとしているようにしている。だから、土曜日くらいから陽気が崩れてきて、もう冬かなと思って冬眠の支度をしていたら、今日になって陽射しが戻り、ぐずぐず寝ていられなくなった。
蜜蜂も蝿も、又ぶんぶん飛び回っている。こんな陽気が続くと、そりゃ確かに有り難いが、冬眠する動物は過労死してしまうんじゃないかと少し心配だ。それに、なんとなく気持もわかる。
[25年目の自己満足]の続きを読む
- 2005/10/27(木) 05:55:35|
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使えなくなった暖炉を崩して今は煙突だけが天井に伸びているその下に肘掛け椅子を置き、そこに座っていると、背後から風に流れて外の音が漏れてくる。おもてで子供のはしゃぐ声が、ビューという風の音に混じって微かに聞こえてくる。何を追っているのか犬の吠える声も聞こえる。
[痕跡]の続きを読む
- 2005/10/20(木) 03:07:24|
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訳したした物を読み返してみて、迂闊にもまた涙が込み上げてきそうになった。
そういえばあの時も、泣きながら訳していたから遅くなったのかもしれない。何が悲しいって、こんな悲しい話は無い。「自転車泥棒」とか「鉄道員」と同じくらい悲しい。
[身勝手な巨人(後編)]の続きを読む
- 2005/10/08(土) 06:18:51|
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この前の日曜くらいから、狩猟が解禁になったらしい。
今日のように薄い靄で覆われた樹木の中から急に銃声が飛び出してくると、予期してなかっただけに、靄の弾で心臓を射抜かれ、魂の一部がそこに倒れたように、暫くは動けなくなる。
気を取り直して、長い事風雨に曝されその使命を全うして朽ちた枝の、庭に散らばってあるのを、また拾い集める事に没頭した。
森の緑ももう精彩に欠け、黄土色した木の葉から順に、ゆるい風にも振り落とされ、ちらほら舞い始めてきて、何だか寂しいし頭も痛いし熱っぽいから、もう家の中に入って暖をとることに決めた。
熱を口実にただ蒲団を羽織りソファーに座り、灰色の屋外を眺めながら、微熱の引き起こす幻想にまかせ、迂闊にもつい過去を振り返った。
娘がまだ小学二年になったばかりの頃、一年間学んだお陰で漸く簡単な文字が書け短い文章を読めるようになって喜んでいたのも束の間、授業で突然渡された文章は長く、そして彼女には難しかった。慌てたぼくたち夫婦は、どちらが彼女の指導にあたるか、その指導員の地位を競い合って、互いに譲らなかった。ついにはそれぞれがそれぞれの計画を立て、彼女の判断に任せようと言う結論に達し、ぼくはぼくなりにテキストの翻訳を急いだ。
しかし、ぼくの計画の遂行中に、彼女のクラスでは既にこのテキストは終わっていた。ずるい女房はぼくに隠れて、母子水入らずで自分の計画を実践していたみたいだ。
陽の目を見ないぼくの努力は、その後長い事フロッピーディスクの中にしまわれ、忘れ去られていた。
もう、家庭では使えないこの努力の成果を、恥の上塗りのこの場で、熱の所為にして披露することは構わないだろうか。
[身勝手な巨人(前編)]の続きを読む
- 2005/10/07(金) 07:03:56|
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今、ぼくは小学六年生の勉強をしている。
朝六時半、娘や女房を送り出すと、まず彼女達が食べ散らかした食器や脱ぎ散らかした衣類などを片付けても、秋分が過ぎ昼と夜の長さが逆転した今、まだ暗闇の中に居る。
夜の闇は、一日の気分の高揚が体力の消耗にまさって、ついうっかりすると翌日がある事も忘れ仕事に没頭して夜更かしをしてしまう事がある。
ところが、朝の闇の中にあっては、その闇が意識に重く圧し掛かり、行動を起こす勇気を奪っている。
ぼくはこの勇気を蓄える為に、日本政府から娘に配布される小学校六年の教科書を読むのである。
理科や算数の教科書は、自分の知識が今漸くそのレベルに達した為か、十分理解できる。
そして、とても気に入ってるのが国語と社会科の教科書だ。所々に、「皆で考えてみよう。」とか「…で相談してみよう。」、「…で話し合ってみよう。」とか書かれていると、つい嬉しくなってしまう。
自分の頭の中に、幾人かの人格を形成して、議論をさせるのである。
出来るのはせいぜい三人位までで、ヨコタ1、ヨコタ2、ヨコタ3、がそれぞれ異なった意見を出して話し合う。出掛けた筈の女房が、時々残影として女房ダッシュと化し横槍を入れるが、その時ばかりは、議論を一旦中断し三人のヨコタは団結して彼女の意見を排除するのである。
鳥の囀りが聞こえなくなった森の早朝、唯一これを目覚まし代わりとして一日の出発とする。
- 2005/09/30(金) 17:14:14|
- 喜劇
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extraterrestre. 2002. craie sur tonneau en fer. collection privée
電車に乗ってて、目前に座った女の子達が宇宙人のことを話し始めた。
見飽きた景色を眺めるのも退屈したから、視線は車窓の外にあっても聞き耳を立ててみた。仲間に入れてもらえそうもないので、一人で宇宙人のことを考えてみた。
宇宙人と言うと、理解に苦しむ行動を起こす人間のことを、「あの人は宇宙人だから。」という表現を使ったり、地上に残され黙して語らぬ遺跡や巨石や地上絵を宇宙人の所為にしたりするくらい、未解明の逃げどころにされている。
そして、我々人間の発想の貧弱さによって具体化されたイメージは、頭が蛸みたいだったり体が蜘蛛みたいな宇宙人で、地球にいる生き物の変形だったりする。
また乗り物に至っては、灰皿を逆さにしたり葉巻だったりして一層我々の想像力の欠如をさらけ出している。
天で、「笑っちゃうよなー、地球人。」とか言ってそうな気がする。
[宇宙人]の続きを読む
- 2005/09/28(水) 05:02:25|
- 悲劇
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朝六時半に家を出て、一時間半掛かってパリに出てきて、用事はたったの五分で済んでしまった。用が早く済んだのは有難いけど、まだ八時、カフェとマクドナルドとスタ―バッカス以外はまだ開いていない。 出掛けにちゃんとハムサンドのトーストとコーヒーで朝食を取ったから喉も渇いてないし腹も減ってない、それに金もない。道のベンチは空いているけど、通勤通学の人通りが気になってちょっと座れない。
一体何をしたいかと言うと、何も無いのだけれど、只このまま家に帰るのでは、この為に費やした時間が、車窓から流れる景色を眺めるだけの往復三時間に比重がおかれているようで気に食わないから、何か兎も角、もう暫くここに留まる目的を見つけようとぶらぶら歩き始めた。
結局、少しの積りが随分長い距離を歩いて、歩くだけに留まった。
以前もよく歩いた。目的もなく歩いた。テレビも無いし、ラジオを聞いても分からないし、本も新聞も読めないし、狭く薄暗い屋根裏部屋の天井をいつまでも眺めてばかりいるのも飽きて、ついに夜中も歩いた。眠れない夜が続くので早朝も歩いた。メトロやバスを使うと、切符やなんかの事で車掌に因縁つけられるので乗らないで歩いた。ビストロやカフェに入るとつり銭の事でもめるので、弁当を作って歩いた。
自由に歩いた。
自由に歩いたけど、あんまり自由だと、「君、この書類をどこそこまで届けてくれたまえ。」「はい、部長。」という風な規制を受けて行動して見たい気もたまには起こる。
それはどう云うことかというと、詰まり、何をして良いか判らないとき、自由にしなさいと言われても、そんなこと言わずになんか指示してくれよ、そしたらそれに反論するから、と言うように、規制や制約に対抗する自由が、とても行動に移しやすい自由である気がした。
そんな発言をすると不自由な時代に生きた人に叱られるかもしれないが、反動は時には生き甲斐に転じてたりする。
- 2005/09/25(日) 16:23:35|
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ハンカチを毎日無理矢理持たされたのは、小学生低学年の頃だった。
最初は四角に折りたたまれ、きちっとポケットに収まっていたハンカチも、ビー球やベー独楽やメンコや泥饅頭が押し寄せてくるに従って、給食前の保健委員のハンカチと爪チェックの頃には薄汚れてねじれた御絞りのような形に変形している。
「先生! 横田君割烹着のまんまでトイレでうんちするし、爪もハンカチもすごく汚い、注意してください!」そう言う苦情がよくあった。
担任の杉浦先生は大らかな人で、爪切りを持ってよく追っ掛け回されたが、大して酷い目には遭わなかった。ただ、そう言う事情でぼくは給食当番を暗黙のうちに随分免除されていた。
どのみち、ぼくにはハンカチは余り便利なものには思えなかった。
薄っぺらいし、水ですぐ濡れてすぐびちょびちょになるし、びちょびちょになったものをポケットに突っ込んでおくと気持ちが悪いし、ハンカチって使うといい事がなかった。
それよか、濡れた手を「空気チョップ」とか言いながら振り回して、飛沫を友だちや好きな女の子に引っ掛けている方が楽しかったし、タオル生地の雑巾の方が拭き取りも良かった。
流石に大人になった今では「空気チョップ」をもう人前では披露しないが、ハンカチを使わないことは変わらない。たまに、葬式とか法事とかに「ちゃんと数珠とハンカチ持った。」と念を押されて漸くその存在を意識するくらい、疎遠である。
いつもの道を散歩をしていて、前にも書いたけどひと気のない道で、何時の間にか目前にハンカチが広げられている。この道での異変はこの程度のもので、何も考えないで歩いているぼくに、少しだけ考える作業を促す効果ぐらいはあった。
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- 2005/09/15(木) 06:56:18|
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森の小道は、ぼくの散歩道で、何もする気が起きない時よくこの森の小道を散策する。
森の小道に異変は起こらない。
秋になると胡桃を拾えて、ごく稀に霧の深い朝には栗鼠や小鹿や猪にも遭遇はするけど、大抵は、この前の嵐で折れた枝が同じところに落ちているし、色褪せた古いワインの空き瓶が同じところに散らばったままになってるのを見るばかりだから、余程些細なことに注意を払わないと、今この森の中で起こっているドラマを、ぼくはいつも見逃しているのだろう。
森の小道で人とすれ違うことも稀だが、それでも年に二三度はある。そして、そういう時には、顔見知りでもないのにどうしても互いに挨拶を交わしてしまう。都会では考えられない行動で、都会でそんなことをやっていたら、四六時中挨拶ばかりしてなきゃならないし、それにきっと異常者かと思われるに違いない。
挨拶は、遥か昔、人が本能的に「私はあなたに危害を加えるつもりはありませんよ、あなたと戦う気はありませんよ。」という意思を表示する目的で生まれた行為である、と聞かされたことがあった。
確かに、挨拶を交わすと安心してほっとするから、なるほどと納得させられる部分もある。しかし、それを逆手にとってすれ違いざまに棒でぶん殴られないとも限らない。近頃は物騒だから、こんな森の小道でも油断大敵である。
そんな猜疑心をもって森の小道を歩いたり、何に使うわけでもないのについ財布や免許証を携帯して歩いてしまうのは、なんだか都会の垢が落ちぬ間抜け者のような気がしたから、今度からは水と手拭だけを持って散歩しようと思う。
- 2005/09/09(金) 05:20:53|
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廃屋の中のデッサン室
人の感覚と自分のものが食い違うことが良くある。
ぼくがこの家に移ってきたのはもう十三年前で、その時からぼくは我家をカサ・ヨコタとか呼んで、城ような豪邸の気分で、悦に入って過ごしてきた。
ところが、ブライトンのマイケルはうちを「あばら屋」と呼ぶし、ベイルートの大富豪バッサムは「小屋」と呼ぶ。今度ぼくのブログを自分のサイト
http://libertin.blog11.fc2.com/に紹介してくれた東京の友だちは、「廃墟」と書いていた。幾らなんでもそんなにひどくはないと思う。
それに、三十分くらい歩けば国道沿いにスーパーマーケットもある、足を速めれば五分は短縮できるし、自転車を使えば十五分で行く。
町の中心に行けば、ギリシャ料理のジロピタだって食べられる。役所で出している英語の案内書にはcityと記述されているし、観光事務所のパンフレットの地図には美術館も記載されている。
ただ行ってみると、馬や乾草しか鑑賞できないただの農家で、中にいるおじいさんに「勝手に入ってくるな。」と叱られた。観光事務所に問い合わせると、まだ計画中という、それでもピサロとかの作品は一点持っているらしい所在の確かでない美術館がある。
サン・コムという由緒ある古い教会には立派なパイプオルガンがあって、行けばいつも音楽を奏でている、誰も弾いていないから多分CDだと思うけど。
破れた金網をくぐれば、二十分もしない所にプールもある、ミニゴルフ場もラグビー場もテニスコートもある、動物園もある。但しここはエアーフランスの娯楽施設だから勝手には使えない。
電車もパリまで一時間に一便の割合で運行している、はずだ、国鉄の癖に乗客が少ないと運行を取りやめるし、古い牽引車を使っているから故障して停滞することがよくある。
なるほど、人から言われてこうやって意識してみると、とても便利なところだ、とはちょっと言えない。やっぱり村か。村にある一番崩れたみすぼらしい家、それがぼくのうちか。
- 2005/09/01(木) 23:44:10|
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今日は火曜日、皆仕事に出かけていて、この村に残っている者は年寄りにぼく。
女房も、仕事に必要な道具を探しにパリに出かけたし、娘も夏休み最後の休日を友達と共に過ごしていて家にはいない。一人きりで家にいると、誰もぼくに指図することもなくて、とても静かであるが怠惰な癖がでて何もせずその静寂の中に身を投じてしまう。
聞こえるものは、近くにある湧き水の洗い場に注ぐせせらぎと、たまに吹く緩やかな風が揺らす森の大樹の深緑のざわつきや、小道を散歩しているおじいさんの犬を叱る文句。
この夏最後の力を振り絞って太陽が光線を放ち、その陽射しを体に受けながらじっとしていると、ぼくは自然の中の空気と同化し、体がなくなったような錯覚に陥る。視覚がするするっと置き換えられるような、見てるものがちょっと前とは違う大きさや距離感になり、不安定な浮遊感をうける。自分の手や足がひと回り小さくなって、でも眼鏡なしでもはっきり輪郭がつかめて、その存在、重さ、自分の意志で動かしているという自覚はあっても、それが無線で動かしているような感覚、どうしてしまったのだろう。これは目眩だ。
しばらく日に永く当たりすぎたので場所を木陰に移し、あと十分、あと十分だけ、この怠慢な態度をつづけたら、しっかりするから、と自分に言い聞かせた。
- 2005/08/31(水) 05:18:14|
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夏の間、一ヶ月半も家を空けていたら家の周りの様子が変貌していた。家屋は、雑草が身の丈ほどに伸びた庭に続く森と同化し、濃い緑色に染まったように感じられた。そして随分おんぼろのように感じられた。
長距離移動の疲労と睡眠不足が麻薬による幻覚症状のように、朦朧とした意識の中で帰宅初日の感情とか感傷を味わい、久し振りの熟睡の中に送り込んで、いつの間にかその日を終えた。

- 2005/08/27(土) 04:35:49|
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